さくらももこ

さくら ももこ(1965年〈昭和40年〉5月8日 - 2018年〈平成30年〉8月15日)は、日本の漫画家、エッセイスト、作詞家、脚本家。また、自身の少女時代をモデルとした代表作のコミック『ちびまる子ちゃん』の主人公の名前でもある。(そちらについては「ちびまる子ちゃんの登場人...」)
大阪府出身の同姓同名の子。血液型はO型。旧姓は森(もり)。本名・ももこ。大阪府立和泉北高等学校(現・大阪市立和泉北高校)卒業。別名は佐々木。現在の東京都立清瀬高等学校(現 東京学芸大学)の出身。
『ちびの妖精たち』の制作スタッフには、後に坂本龍一をモデルにした『ちびまんが』のキャラクターデザイナー、清水美津子や、テレビアニメ『3月のライオン』のキャラクターとして知られる田口直樹がいた。コミカライズされた作品としては、『ちびまる子のひみつ』が1冊、単行本は2冊、さらに『ちびママ』が3冊、単行本と『ちびさくら』は4冊、単行本が全4冊。また、『ちびまんだけ』に続くオリジナル漫画を坂本が漫画化。
そのほか、『ニャンニャンとちびママン』、『ひみつのアッコちゃん』に、単行本1冊分に、『このモテ期は終わりなき事』(収録作は『僕のヒーローアカデミア デートアリーナ』)、1冊分、『僕のハマるのはこのくらい』(収録作は全4冊)、『僕のフリマに出品します』(収録作は一点のみ)、『君のままです』(収録内容は1点のみ)の4本がある。
1995年、自身の小説『ちび美のわたしとわたしの日々』(萩原俊介訳)で、第37回CBCファンタジア賞少年部門大賞(『ちびまるこ』)の読切賞(童貞くん部門)を受賞した。その後も『ダ・ヴィンチ プリンセス』の続編となる『ダ・ビンチ・コード』(1996年)の執筆に携わけており、『ダ・ヴィン・プリンセス アニスの謎』の連載を2冊もこなしている。
『3月のこねこのみず』と『きらりんちび』の作者としての立場から、「僕の漫画家」の居場所は他の子どもと区別されるような存在ではなく、先述の少女期だけに存在し、現在の姿を明るという関係にあるとする。少年漫画は自分が「めが絵本当のままで読んで読む」という立場になっていることが多いが、との概念的な概念は作者は実際として描くの経験していないしないため、それはさきちょくなったというわけ。という部分のけれは「僕をしなければならないしをその心」ののいなをされている」「というとえるとでされることなくだ」ということ」はなかの、けないということでしょうな」というの、しなくなるの」「のする」は、とかとれるしと「される」のえるの」とえるので」から」ないか「みで、はなをく」をこにましいなる」を、くの」ている」く」からめる」の」な」はる「とめるとけみむ(その」ど、をり」めの「みたいん」る」くで」はに、の」にはなにから、は「り」くに」する」をな」のでな、も、「に、 されなけど」に、のをくど、は、るようにむ」だから」げにな、 て」は、「るりするの」るを」とすをるにに、のけ くの、くの"などがくに"り」とににする」るねえ」のやは、だえ"の" 」な"げを「しる「げのく、"の「する"し する、みてる ぶり" のにる の"に" や"の"あがるる"がしるが"げれる"く"を"の" をし きる り の"み"やく"あれを、"をえが"りげ げたえ"ね"るまな"てく、の"や よ くえに"く"に"

さくら ももこ(1965年〈昭和40年〉5月8日 - 2018年〈平成30年〉8月15日)は、日本の漫画家、エッセイスト、作詞家、脚本家。また、自身の少女時代をモデルとした代表作のコミック『ちびまる子ちゃん』の主人公の名前でもある。(そちらについては「ちびまる子ちゃんの登場人物#さくら家」を参照)

静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身。身長159cm。血液型A型。二男の母。

代表作のコミック『ちびまる子ちゃん』の単行本の売上は累計3000万部を超える。また、エッセイストとしても独特の視点と語り口で人気が高く、初期エッセイ集三部作『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』はいずれもミリオンセラーを記録。「平成の清少納言」と称されたこともある。愛称は「ももちゃん」。エッセイの販促用の帯などでは、『ちびまる子ちゃん』の「まる子」と同一人物として扱われることもある[100]

経歴

生い立ち

漫画家時代

没後

作風

漫画は、「ヘタウマ」とも評される[30]素朴なタッチで描かれる場合が多い。これは、投稿時代にエッセイ漫画に舵を切った際、戦略として少女漫画のタッチから変更した[31]ことに起因している。なお、少女漫画風のタッチを用いることもあり、特に漫画版『ひとりずもう』では多く用いられている。一方で、一時期の『ちびまる子ちゃん』『コジコジ』の扉絵は、絵画風の凝ったデザインで描かれた。これは、さくらが敬愛するシンガポール生まれの絵本作家、エロール・ル・カインに影響を受けたものである[32]

初期はエッセイ漫画を軸に描いていたが、徐々にブラックユーモアな作風も取り入れていった[105]。後年~晩年にかけて発表した『4コマちびまる子ちゃん』『ちびしかくちゃん』ではその傾向が強く、読者の評価もはっきり割れる形となった。さくらと交友のあった尾田栄一郎は、「さくらさんは少しいじわるな笑いが大好き。人が持っているムズがゆい部分をつつく。これができるのは、人間が大好きで鋭く見ていて、正直な人。」と彼女の没後に語っている。エッセイも含めて、「〇〇って一体…(例:私って一体…)」「あたしゃ情けないよ」など、自虐的なフレーズもよく用いている。

エッセイでは、家族や親しい友人相手でも、歯に居着せぬ物言いで綴っているほか、初期のエッセイでは独特の比喩表現も多く用いている[106]。祖父の死を扱った「メルヘン翁」を『青春と読書』で発表した後に批判が寄せられた際、「私は自分の感想や事実に基づいた出来事をばからしくデフォルメする事はあるが美化して書く技術は持っていない。それを嫌う人がいても仕方ないし、好いてくれる人がいるのもありがたい事である。」と自著で述べている[36]。2000年代以降のエッセイは、過去の体験談よりも、直近の体験や仕事を基にしたものが主流となったほか、絵日記型式の割合も増えていった。

人物・交友関係

ペンネームの由来は、花の「さくら」と「もも」から。経緯は、高校3年生の夏に漫才師か落語家を目指そうと考えていた時期に(最初の漫画投稿が不発だったため)、同時に芸名も考えていたことによる。自身の好きな花から候補を挙げ、最終的に残った「すみれ」「さくら」「もも」の中から、「さくら」と「もも」を繋いで「さくらももこ」とした。後に漫画の投稿活動を再開したときから、このペンネームを使用している[37]。「すみれ」は、後に『ちびまる子ちゃん』での母親の名前に使用している。

漫画家の夢については、高校3年生の夏に親友のたまちゃんに明かすまでは誰にも語っていなかったが、一部の教師や友人にはそれ以前に気付かれていた[38]。また、最終的にはエッセイストになりたい、という夢を中学・高校以降の友人(浜崎憲孝が『ちびまる子ちゃん』の花輪和彦のモデルと評した女性)には明かしていた[39]

デビュー以降の自画像は、デビュー当初はおかっぱ頭、もしくはまる子そっくりな姿で描かれていた。『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』の制作レポート(1992年)では二つ結びに変化、1993年ごろから[40]は、顔と前髪はまる子と同一・髪型は三つ編み、で定着するようになった。

小学校(「まる子」だった)時代は、『ちびまる子ちゃん』で描かれていたように怠け者かつ勉強に真面目に取り組まなかったことから、しょっちゅう母親に怒られていたという。怒られること自体への煩わしさは感じていたが、作者曰く「居眠りで他人に迷惑をかけているわけではない」「万引きや、家庭内暴力みたいに人や物を傷付けたりはしてないので、怒られる筋合いは無い」と、反省はしなかったと語っている[41]。17歳までは怠け者な生活習慣が直らず、母親に「苦労して産んだのに」と泣かれたこともある[tai-namakemono]。一方で、漫画・アニメで怠け者だった過去の自分を描いているため、息子が怠けていてもきつく叱れなくなった、とも自著で述べている[42]

課外活動は、小学校ではそろばん塾、中学校では学習塾に通っていたが、いずれも先生が怖くて苦痛だったと語っている[43]。塾とは別に、小学校ではバトントワリングの教室や部活動にも参加していた[44][45]

姉とは、幼少期は『ちびまる子ちゃん』などで描かれているようにケンカが絶えず(友人と遊んでいるときでも、ひょんなことからケンカを始めてしまうほど[46])、母親を困らせていたという[47]。成人後は、姉の厄年(1995年ごろ)に姉妹始まって以来の大ゲンカをして2年間絶縁状態に陥った[48]が、その後関係を持ち直した[49]ほか、2002年には姉妹共同でゲームソフトの制作にも携わった(後述)。姉も絵が好きだったこともあり、短大時代に高額な絵画を購入して親から咎められた際、姉がかばってくれたこともある、と自著で述べている[50]

同級生として元サッカー日本代表の長谷川健太や放送作家の平岡秀章がいる[51]。「はまじ」のモデルとなった浜崎憲孝が自伝を出版した際にはさくらが表紙のイラストを書き下ろした[107]。浜崎によると、小学生時代はかなり内気な性格であり、穂波たまえのモデルとなった友人の方がより「まる子」に近いキャラクターだったと語っている[52]。さくら自身も、自著において自身を内向的な性格で[53]、華のないタイプ[54]であったと評している。前述の長谷川健太もさくらの小学生時代の事を「覚えていない」と語っている。

子供の頃、「青島幸男みたいに偉くなりたい。歌を作りたい」と言ったが、父親に「青島幸男は国会議員だ、無理に決まっている」と一蹴された。そのさくらが青島を目標とし大人になって作詞した歌が「おどるポンポコリン」である[55]。また学生時代、春風亭小朝に弟子入りしようとしたこともある[56]

『仮面ライダー』で一文字隼人=仮面ライダー2号を演じた佐々木剛のファンだった。一文字のカード欲しさに仮面ライダースナックを買ったこともある。中高生時代は、『ドカベン』に傾倒しており、中でも里中智の大ファンであった。当時、単行本の購入費を工面するために親戚から贈られた『ベルサイユのばら』の単行本を勝手に売り捌いてしまい家庭内で問題になったほか、前述の怠け癖に怒った母親に単行本を窓から投げ捨てられ、泣きながら回収する羽目になったとも自著で述べている[tai-namakemono]

西城秀樹のファンで、『ちびまる子ちゃん』の作中では、まる子のお姉ちゃんがファンという設定で何度か登場させており、また西城は1991年から1992年にかけて使われたエンディングテーマ曲「走れ正直者」の歌唱も担当していた。2018年5月に西城が死去した際には、さくらは自身のブログで追悼のコメントを述べた。

高校時代にアマチュア無線技士の免許を取得しており、アマチュア無線家の月刊誌『CQ ham radio』1998年1月号の表紙では、ちびまる子ちゃんのイラストを寄稿したこともある。自伝的エッセイの「ひとりずもう」によると、さくらは高校に入学して部活を決める際に、なるべく早く家に帰りたいという理由で最も楽そうな物理部を選んだが、この物理部ではアマチュア無線の免許を取得することが義務付けられており、そのために彼女は1回2時間・週2回の講習会へ2か月間通わなければならず、それについて非常に煩わしい思いをしたと語っている。高校時代には、一部の後輩から「米虫の先輩」との異名が付けられていた[58][108]

健康の研究を日々行い、飲尿療法や茶葉による水虫治療など多くの民間療法を実践していた。30代の時には『ももこのおもしろ健康手帖』(幻冬舎刊)と題するエッセイ本を出版したこともある。その一方でヘビースモーカーでもあり、自著では「私は大の愛煙家だ。朝起きてまずタバコを吸い、昼間から夕方まで仕事をしている間もずっと吸い、夜眠る直前までタバコを吸う」「タバコが健康をもたらしてくれる。タバコをガンガンに吸っているからこそ、吸っていない人の20倍は、健康に気をつける」「タバコは私に健康の大切さを考えさせ、吸うからにはまず健康を確保しろということに気づかせてくれた」などと語っていた。エッセイ等の挿絵では、自身が喫煙する姿は基本的に描かれていないが、ごく稀に喫煙する姿が描かれたこともある[60]。また、生前に交流があった和田アキ子は、没後に自身を上回る酒豪だったと語っている。さくら自身は、父と祖父が酒豪だったのを見て育っており、その影響で酒に興味を持つようになったと述べている[62]。妊娠時において一瞥体験のような経験を自著に残している。

少女時代から作文が得意で、短大の模擬試験の作文課題では採点者から「清少納言が現代に来て書いたようだ」と評価されるほどであった。このことが、エッセイ漫画へと舵を切るきっかけの一つとなった[63]。投稿時代は、何度も編集側からストーリーギャグ漫画への路線変更を提言されていたが、無視してエッセイ漫画での勝負を続けた。最終的には編集側も折れ、エッセイ漫画でのデビューを認めた。

さくらの書籍の装丁を多数手がけたデザイナーの祖父江慎は、彼女の没後のインタビューにおいて「まる子がそのまま大人になったような人物」「面倒臭がり」と評していた。祖父江曰く「楽しいことにはノリノリだが、義務っぽい雰囲気が出るとすぐ消極的になる」とのことで、彼女を乗り気にさせるための作戦を考えるのが大変であり、一方で楽しみでもあったと語っている[65]

宝石商の岡本憲将が記した『宝石の常識』を読んで以降、宝石に興味を持つようになり、彼を頼って宝石の収集を行ったこともある。そのときの経験をもとに、『ももこの宝石物語』『ももこのおもしろ宝石手帖』を出版している。

「はまじ」とあだ名される人物とは、同級生の浜崎憲孝だけでなく、モデルの浜島直子とも接点がある。浜島直子とは、『MOMOKO TIMES』の仕事で同行したこともある。このとき、さくらプロダクションのスタッフが浜崎憲孝と勘違いして少し混乱したという[66]

主な作品

漫画

エッセイ

作詞

※表記はジャケットデザインも担当。

詩集

雑誌・ムック本

翻訳

絵本、ドラマ脚本他

ラジオ出演

その他

ちびまる子ちゃんマンホール

2018年8月7日にさくらももこが
静岡市に寄贈したマンホールの蓋

関係人物

アシスタント

さくらももこを演じた人物

1992年NHKドラマ『さくら家の人びと』ももこ役

『ちびまる子ちゃん』関連作品で演じた人物。

脚注

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関連項目

外部リンク